「オレには、絶対に無意識というものがないのだ」
これは、三島由紀夫が言った言葉。
いかにも、彼を感じさせる言葉でもある。
ここまで言い切れる人物は、ほかにはないだろう。
たしかに彼は、無意識とは逆の自己意識の塊(かたまり)みたいなところがある。
ボディビルで肉体を鍛え上げていたが、
それはトレーニングというものではなく肉体美を誇示するためのもの。
それを誇示する映画に出演したり、
(彼が唯一、絵を評価した)『聖セバスチャン』のような表情を浮かべ
雑誌のグラビアを飾ったりと、自己意識の強さを感じさせるところがあった。
彼にとって無意識は、強い関心と恐怖と畏怖の感覚を持っていたように思える。
彼の、ちょっと面白いエピソードに
「こっくりさん」をやろうとしたことが記録されている。
5人の友人知人が集まり三島家で「こっくりさん」を開くことになった。
三島は真剣で一人気を吐いたが、うまくいかず、
参加者の一人の夫人が、集中力を切らして、つい笑ってしまった。
一同は、夫人と同様な反応だったが、
三島は憤懣やるかたなしの表情で「不謹慎ですぞ」とたしなめたという。
いかにも三島らしいという気がする。
真剣に無意識への探求を試みていたようだ。
これに参加していた、澁澤龍彦が、このときの三島の様子をドイツ語の表現に託して、
「三島は、ザイン(sein) の人ではなく、ゾルレン(sollen) の人だった」
(ザインは英語表現では"be" を意味し、ゾルレンは、"should" を意味する言葉。)
さすがに、言い得て味のある表現のように思える。